根津神社のつつじまつり

春はさくら、夏はひまわり…人々に鮮烈な印象で四季を感じさせる花がある一方で、もっとも人々の背景として登場する花の代表はつつじではないかと思う。

公園や歩道の植え込みとして目にする機会が多く、ふと気づけば咲いている花。もしかしたら、その花自体よりも蜜を吸った思い出の方が印象深い人もいるかもしれない。

そんな、多くの人の日常とセットで登場するつつじが脚光を浴びるのが、根津神社のつつじまつりだ。

春の一大イベントとして、根津が普段以上に賑わう季節となり、商店街にも提灯や旗が下がって、地域一帯でお祭りを盛り上げていく。

公式サイトによると、

「見頃は4月中旬から下旬(その年の気候により、かなり異なる。)、種類が非常に多く、開花時期が違うため、早咲きから遅咲きへと花が移り変わり、長い期間様々なツツジを楽しむことができます。」(根津神社 http://www.nedujinja.or.jp/main/k4.html より引用 2019.6.16)

とのこと。

多少の信心深さを持つ私は、「どんどん、もぐる」を始めるにあたって、地域の神様にお参りするとともに、この季節を感じる催しに行ってみようと、もぐもぐ部でツアーを企画したのだった。

我々が行ったのは、お祭りがはじまってすぐの土曜日。まだ始まったばかりだったせいか、それなりに人はいたものの、参道、鳥居、楼門…と、ほどよい混み具合だった。

ところがどっこい。楼門を抜けた先に見えた、参拝のための行列は、かなりの人が並んでいた。ひぎゃああああ(悲鳴)。

正直に言って、そのボリュームに少々ひるんでしまったが、いやいや、神様にご挨拶するのは今回の目的のひとつじゃあないか、並ばない選択肢はないはず、と気を取り直して順番を待ち、皆で手を合わせる。

神様、どうぞよろしくお願いします。


さて、参拝も終わって一安心したところで、もうひとつの目的であるつつじ苑へと人の流れにのって歩く。いやあ、いよいよだなあ、オラ、わくわくしてきたっぞと、強敵に挑むどこかの戦闘民族のようにテンションを上げながら、入口で200円の寄進料を払い、期待を胸に苑の中へと進む。


「つつじーーーーー!!」

我々の目の前には、いつかの金麦のCMよろしく叫びたくなるほどの、つつじの木々が待っていた。進めば進むほど、花開いている株も増えていく。中でも、日当たりの良い場所にあるつつじは、既に見頃を迎えており、まるでスポットライトが当たっているかのごとく、美しく緑に映えていた。

つつじの美しさにあてられた私は、キレイじゃんキレイじゃん~もう少しカメラのほう向いてみよっかそうそう、はいっア・タ・シが一番輝いてる!その感じいいよ次いってみようか、とまるでグラビアアイドルを撮るカメラマンのごとく、おもむろにシャッターを切り始めた。

手に持っているのは一眼レフではなくただのiPhoneだし、もちろん、花が動くはずもないので、自分で良きように動きながら、ひとり花との対話を妄想するのだ。つつじちゃんいいねこっちむいて。

つつじ「アタシ、輝いてる?」


つつじとの対話を終えた私は、ふと我に返り、いかん、ひとりの世界に入ってしまっていた皆どこへ行ったろう、とまわりを見渡す。すると、案の定皆カメラを構え、他の観光客とともにつつじを激撮していたのだった。むべなるかな。禿同。

ひとしきりつつじを愛でた後の帰り道、きれいだったなあと余韻に浸っていると、つつじの植木を売ってるおじさんたちがいた。

アトラクションの後に、それと紐づく商品をプッシュされるとやっぱり欲しくなるよねえ、と下世話なことを思いながら、植木の前で何やら購入を検討している様子のカップルを発見する。

ちょっと偏見かもしれないが、若い人も植木を買うことを前向きに検討するのだなあ、なんて意外に思い、ちらりと観察。二人は協議中だ。

きっと彼らは現在同棲中、日々の水やりの分担なんかでケンカしたりしながら仲を深め結婚、ゆくゆくは老後に結婚のきっかけとなったつつじをなれそめ話としてイイ顔しながら孫に語るかもしれない…いいねいいね、それとも水やりをやったやらないが発端となり、性格の不一致が露わになった末ケンカ別れ、相手に押し付けられたつつじをひとり見る、ああせつないなこれはだめだ、なんて勝手な妄想を広げていたところ、なんと二人は買うのをやめたのだった。

私の余計な妄想が購入に与えた影響について…と、植木を売っていたおじさんに少しだけ申し訳なく思いながら、散歩回は次につづく。




(余談)

参拝の列に並んだところ、祝詞よろしく朗々たる声でお参りをするおじいさんに遭遇。なんだったのでしょうか。それでもなんだか少し根津らしくて、皆で笑みがこぼれてしまったのでした。


どんどん、もぐる

根津近辺のおさんぽ情報。無店舗本屋の情報などはこれから。